December 2009
12 posts
2 tags
2 tags
1 tag
デザインが伝えるよろこび
社会がどのように変化をしたとしても、“よろこび”は本質的にデザインが備えるべきものだと思います。 デザインはすでに機能や目的ということを越えて、「情報」を使い手に対して伝える性質を持ち備えています。
つまり、ややこしくなりますが、デザインそのものもメディアなのです。 だから、そういうフィーリング、“よろこび”を人に与えることができたとしたら、
それは「デザインが伝わっている」、デザインがデザインとして成り立っている、と考えてもいいのではないでしょうか。
3 tags
1 tag
1 tag
デザインのメディアができること
メディアが伝えるべき、デザインが持っている「情報」とは何でしょう。
どんなかたちか、誰がつくったか、何のためのものか、どんな機能があるのか……。
スペックや客観的な事実を伝えることは必要です。
それはメディアの大事な役割だったと思います。
しかし、情報の流通や消費が加速していくなかで、こうしたものの意義や価値が薄れてしまいました。
これまでメディアが伝えてきた情報では、“デザインそのもの”を伝えられない、そのデザインを定義し得なくなってしまったのです。
逆説的に、デザイン自体は「情報になりにくい部分」にこそ価値がある、と変化してきたように思えます。
それはどんなものでしょうか。 わくわくしたり、うれしかったり、どきどきしたり。言わば、フィーリングとか、感触、情緒、あるいは新しい体験のようなもの、なのではないでしょうか。
...
1 tag
2 tags
1 tag
pers.という名前
pers.=パースとよびます。
日本語でいうパースとは、主に透視図を指すperspective(名詞)を省略した言い方です。
CGパースとかパース屋さんなんて言葉がありますよね。
英語本来のperspectiveには、それ以外に、「眺望・遠景」や「(将来の)見通し・展望・前途」、 更に、「遠近感・相対関係・(物の)見方:視点・全体的に正しく見る[把握する]能力」という意味もあります。
(プログレッシブ英和・和英中辞典より)
また、それらとは別に「pers.」 という省略形は、本来、personal、personを指します。
1 tag
1 tag
紙にかける
では、メディアはそんな“よろこび”なんていうわかりにくいものを伝えることができるのでしょうか。
僕は、むしろメディアはその“よろこび”こそを伝えなければならない、と思います。
そこで、僕たちは紙媒体に残された可能性をもっと広げることを試みました。
テキストや写真、グラフィックが、立体的かつ連続的に伝える、リアリティーのようなものを優先することにしました。
ページをめくる感触や、写真のダイナミズムが、デザインのよろこびを伝えうるのではないかと。
それはwebではできない体験につながるだろう、と。
1 tag
新しい雑誌をつくりました。
「デザイン」の雑誌です。
「pers.」(パース)といいます。
何回かのpostに分けて、この雑誌をつくった動機みたいなことを書いていきます。
出版も含めたメディアの世界に、大きな変化が訪れています。
専門の企業や組織が、“マス”に向かって情報を発信する……
そういうことがとても難しくなってきています。
価値観の多様化、情報化社会の急速な進展、通信技術の進歩……
いろいろな要因があるのでしょう。
企業からマスへ発信するのではなく、
個人から個人へ情報が行き来する社会へと変わっていく兆しを見ることができます。
「媒体」とか「版元」とか「ターゲット」とか「読者層」とか、
そういう何か実体があるようでいて、曖昧な存在ではなくて、
人と人が、人間としてコミュニケーションをする。
そのためのものが、これからのメディアという気がします。